毎年、夏休み時期になると、実家に遊びに行きます。
といっても、両親はもうそこに住んでいません。今では誰もいない空き家です。
僕はそこを“別荘”と呼んで、ときどき遊びに行きます。
玄関の扉を開けた瞬間、独特の空気が鼻をくすぐりました。
「あ、実家の匂いだ」
もうだれも住んでないのに、昔と変わらない実家の匂いがしてきます。
2階に上がったときも同じ。昔の家具、壁、畳、押し入れの布団、湿気まで混ざったオリジナルブレンド。
懐かしさと同時に、そこに住んでいた頃の閉塞感まで蘇ります。
自由にならない、あの感覚。匂いは、感情まで運んでくるんでしょうね。
匂いは思い出そうとしても思い出せない
不思議なことに、匂いの記憶って、匂いがない場所で、頭の中で再生しようとしてもできません。
実際に嗅いだ瞬間にだけ、過去の引き出しがカチッと開く感じです。
そして、匂いの記憶は、映像や音よりも強烈です。
そこには風景だけでなく、その時の気持ち、息づかい、季節の空気まで丸ごと入っている。
だから一瞬で、あの頃の自分に引き戻される感覚があります。
それぞれの場所の匂いの記憶
匂いの記憶は、たぶん、その場所に行かないと思い出せないものなんだろうな、と気付きました。
例えば、僕の場合には、こんな匂いの記憶があります。
- 実家の匂い
安心と閉塞感。二つの感情が同居する不思議な場所。 - 図書館の匂い
紙とインク、本の匂い。少しひんやりした空気。
そこにいるときは、いつも「次のステップに向かって勉強している」自分がいた。
未来に向かう匂い。 - 子どもの匂い
汗、外遊びの土や草、シャンプー…全部混ざった生きている証拠の匂い。
理屈抜きで安心できる、僕にとっての“幸せの匂い”。
匂いが運ぶのは「時間」と「感情」
歳を重ねると、こういう“鍵付きの記憶”は少しずつ増えていきます。
ある日、ふと同じ匂いに出会って、予想もしなかった形で過去の記憶と再会する。
それは宝物かもしれないし、時限爆弾かもしれない。
どちらにしても、匂いを嗅いだ瞬間にしか思い出せない感情だと思います。
つまり、匂いは、単なる記憶ではなく、匂いがキーになっている感情付きの記憶の箱のようなイメージです。
そして、その箱を開けられるのは、同じ匂いと出会えた瞬間だけです。
これから出会う、まだ知らない匂い
さて、次は、どんな匂いが懐かしさを呼び起こすのか、先は読めません。
でも、そういう“これからの匂い”が待っていることを知っているだけで、日常の景色が少し違って見える気がします。
もしかしたら数十年後、何気なく訪れた場所で嗅いだ匂いが、一瞬で記憶を蘇らせてくれるかもしれません。
少しだけ、日常の中で、匂いの記憶に意識を向けてみようかな、と感じた実家への帰省でした。