仕事を辞めて、時間に余裕ができて、
「やりたいこと」がたくさんできるはず。
と思っていたのに、
家事やら、
退職後の色々な手続きやら、
なんやかんや。
で、
「やりたこと」に割く時間がほとんど作れないまま、
「やるべきこと」で1日が過ぎていく。
こんな、状況になっていることに気付き、
これは、早速、どうにかしたい。
ということで、
「やるべきこと」より
「やりたいこと」に、多くの時間を使えるように、考えました。
ちなみに、
「やるべきこと」は、家事だけではなくて、
仕事の中にも、たくさんあるので、
仕事の中での時間の使い方にも、取り入れてもらえる考え方だと思います。
こんな状況でした
仕事を辞めると、
◆始業時間がない。終業時間もない。
要は、勤務時間という概念がない。
◆与えられる仕事がない。
いつまでに、何をしなくちゃいけないか、
担当業務という概念がない。
いつ、何をするのか。
ということを、全部自分で決めることになります。
結果、
「やるべき」家事全般を、
ついつい優先してしまう状況です。
朝の家事が終わると、
「えーっと、何しよっかな。
洗濯物でもたたむか。買い物行こうかな」
という感じで、
気が付けば、
「やるべき」と思っている家事のことを
いつのまにか考えてしまっている状況でした。
そして、
仕事をやめたら、
「やりたい」と思っていたことが、
ついつい後回しになってしまいがち。
退職して3日過ごした時点で、
こんな状況に気付きました。
時間管理をどうにかしないと、
「いつの間にか、1年経っちゃった」
となりそうな気がしてきました。
仕事している時も「やるべきこと」だらけだった
ついこの前までしていた公務員の仕事でも、
「やるべきこと」がいっぱいでした。
打ち合わせの資料を作る。
会議に出席する。
議事録を作る。
このあたり、「全くしない」という選択肢ができない、
「やるべき仕事」というものだと思います。
打ち合わせの資料は、
話し合いをするためのキッカケにすぎないのに、
微妙な表現が気になって時間をかけてしまう。
会議に出席しても、
形式的なものが多くて、
いても、いなくても、一緒。
会議後の議事録は、
ポイントだけ分かればいいのに、
ついつい録音まで聞いて、文字起こししてしまう。
他にも、色々とあった気がします。
やりだすと、細部が気になって、
細かなことまでしてしまう。
という状況です。
「やるべきこと」は、手を抜いて
「やるべきこと」は、
たいがい、
「やらなくていいなら、したくないこと」
という場合が多いと思います。
家事も、しなくても成り立つなら、出来るだけしたくない。
資料作成も、なくても打ち合わせできるなら、最小限にしたい。
会議出席も、出なくていいなら、出たくない。
議事録も、作らなくていいなら、作りたくない。
でも、
やりだすと、なぜか細部が気になって、
ついつい、時間をかけてしまう。
「やりたくない」はずなのに。
なので、
「やるべきこと」は、
最初から、手を抜いて、最小限で終わらせる。
と決めておくことにしました。
もちろん、
「やるべきこと」の中で、「やりたいこと」は、
しっかりこだわっていいと思います。
料理が好きなら、こだわって。
ここぞという資料作りなら、細部までこだわって。
意味のある会議なら、積極的に参加して、発言して。
今後を左右する議事録づくりなら、一言一句文字起こしして。
こういうこともあっていいと思います。
どのぐらい手を抜くか
ギリギリのレベルまで手を抜く。
最大限、手を抜く。
最小限しか、手を掛けない。
こんな考えで、どこまで、手を抜くのか、
書き出してみると、はっきりします。
キッチンの片づけは、夕方にまとめて。
部屋の掃除は、1週間に1回
資料作りは、1枚で、フォントやポイントの大きさは変更しない。箇条書きでつくる。
会議参加は、何か要件を入れて、2回に1回の出席にする。
議事録は、参加者と要点3項目だけで作る。
こんな感じにしてみると、
全くしない、という訳にはいかない「やるべきこと」を
最小限の労力で終わらせていくことができると思います。
まとめ
ちなみに、
僕は、公務員として、仕事をしている時には、
「どこまで手を抜けるか」ということを
まず考えてました。
最初から、そうだったわけではなく、
元々は、典型的な完璧主義でした。
作る資料は、極限まできれいに作ることにこだわっていました。
資料が綺麗なことを、褒められはしますが、
そこから、何も生み出さないということに気付きました。
「やるべきこと」で、
「やりたくないこと」は、
ギリギリまで手を抜いても、ほとんどの場合で大丈夫です。
たまに、「詰めが甘い」と言われますが、
たまにです。
時間の使い方が自由である。
ということは、
時間の使い方に工夫が必要。
ということなんですねぇ。